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2009年 4月29日
昭和天皇の功績は莫大である。
だが、私の幼少の頃は天皇の良い噂がない。
「戦争責任を逃れた?」
「沖縄に行かれない?」
「臆病者?」
だが時を経ると事実が分かってきた。
戦争を決定したのは「陸軍」であり、
陸軍からの圧力にて戦争を決断しざえる得ない
状況下であった事、昭和20年8月15日の放送で
どれほど後悔の念で悲しんだか知れない。
これでは徳川幕府の公家諸法度と何ら変わらない。
この後、占領軍である米国領事館に一人で出頭し
全責任を背負おうとした事、頭が下がる思いである。
状況によれば逮捕不当判決も有り得るのである。
沖縄は元々王国であり日本に占領された国、琉球国。
勝手に始めた戦争のとばっちりを受けて米国に占領された。
現在では日本国民だと沖縄の人々は理解しているのでしょうが
常に昭和天皇は沖縄の人々に謝罪続けていましたね。
戦後の日本の経済上昇は素晴らしく、のちには
戦争を決して行わない日本となり、人々の安堵は増しました。
天皇は象徴とされたものの、常に平和の広告塔となり
世界各国に訪問して友好を結ばれました。
事実と異なる風説がまかり通り、それを信じてしまう
自分がいたと時を経て気づきました。
現在では「昭和の日」となりましたが、まさに平和と
国民上昇の時代である、象徴の天皇であったと思います。
春爛漫の日に生誕した昭和天皇と昭和の時代を偲びつつ。 |
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幕末維新新選組

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